【感想】彼女は一人で歩くのか? Does She Walk Alone?
彼女は一人で歩くのか? Does She Walk Alone?(著.森博嗣):講談社タイガ
森博嗣による【Wシリーズ】の第一作目です。
既刊では「デボラ、眠っているのか?」まで読んでいるのですが、記録として残して感想を残しておこうと思います。
本の内容に触れながら書きますので、ネタバレを避けたい方は閲覧をご遠慮下さい。特に内容(ネタバレ)では話の流れを個人的メモのように書いていますので、ご注意下さい。ワンクッションとしてアコーディオン機能を使って隠してはいます。
あらすじ
赤い魔法を知っている?
人工生命体と人間。両者の違いとは何か? Wシリーズ、始動!
ウォーカロン(walk-alone)。「単独歩行者」と呼ばれる、人工細胞で作られた生命体。人間との差はほとんどなく、容易に違いは識別できない。
研究者のハギリは、何者かに命を狙われた。心当たりはなかった。彼を保護しに来たウグイによると、ウォーカロンと人間を識別するためのハギリの研究成果が襲撃理由ではないかとのことだが。
人間性とは命とは何か問いかける、知性が予見する未来の物語。
Wシリーズとは?
一作目のご紹介なので、今作が含まれている(今作から始まった)【Wシリーズ】について少しまとめておきます。
このシリーズで語られるものは人間とウォーカロン(単独歩行者)。
内容については殆どあらすじに書いてあることが全てなんですが、このシリーズの大きなポイントは一つのシリーズでありながら他の多くのシリーズとも密接に関係しているという点でしょうか。
もちろんこのシリーズから読み始めても問題はありません。と、作者である森さんもおっしゃっています。ただ森さんの作品には多くのシリーズがあり、そして殆どのものがそれぞれのシリーズにリンクしています。以前からシリーズを読み漁っていた私も当然のようにWシリーズを手に取りました。
Wシリーズは森さんが書かれている関連シリーズの中でも最も遠い未来の物語。上記でもお伝えした通り、このシリーズのみでも十分に楽しむことは出来ますが、敢えて今シリーズと関連のある旧作のうち読んでおくと楽しめるものを挙げるならば、「百年シリーズ」と「Gシリーズ」だとこれも森さんがおっしゃっています。
今シリーズに至った過程である作品を先に読んでおきたいという方は、是非そちらも手にとって見て下さい。(そのうち当ブログでもそのうちご紹介するかとは思います)
内容(ネタバレ)
人口細胞で作られたウォーカロン、そして人工細胞によって半永久的な寿命を持つ人間が共存する世界。
【S&Mシリーズ】や【Gシリーズ】など、今まで森作品を追って来た方にとっては馴染み深く、それでいて読書欲が駆られるであろう天才・真賀田四季博士が登場(?)します。私は彼女が登場するというだけで大興奮します。
シリーズの主人公はハギリという男性。少年ではなく、青年でも老人でもない。長寿となった世界で彼は80歳と既に結構な歳を取っていましたが、これでもまだ若いらしいです。私の頭の中では完全に青年の姿でした。
ハギリは人間がとある理由で減少し、人間と判別のつかなくなったウォーカロンが数を占める世界で人間とウォーカロンを識別する技術を研究しています。けれどこの研究を理由に謎の組織から命を狙われることになり、そんなハギリを保護しに来たというウグイという女性と共に安全な場所へ逃避することになります。
ハギリと同じく命を狙われ、研究室を爆破されたために逃げることを余儀なくされたアリチは、ハギリとは違い人間とウォーカロンの違いを研究しているわけではありませんでしたが、生物学者という立場上で人工細胞については研究していました。まだ詳しくはわかりませんが、人工細胞によって人間は長寿となり、ウォーカロンは人間に限りなく近い存在として創られています。その繋がりで狙われたのかな…?
ハギリが保護されたのは「ニュークリア」という研究所。首都・札幌(!)とチューブというカプセル型の乗り物によって短時間で行く事が可能です。
その首都・北海道にハギリはチカサカという生物学者・日本動物園の園長に会いに行きます。チカサカはハギリと話す中で、ハギリを狙っているのはウォーカロンのメーカから脱退した者達による犯行だと告げます。そして別れ際、ハギリにロシア語で書かれた熊の生態についての本を渡しました。
■本の内容について
熊さんが襲ってくる。
恐ろしい声を上げて迫ってくる。
もう駄目だ。
でも、少女は言いました。
「黒い魔法を知っている?」
「そんなものは恐くないさ」と熊は言いました。
「白い魔法を知っている?」少女は続けて尋ねました。
「そんなものはなんでもないさ」と熊は笑います。
「じゃあ、赤い魔法を知っている?」
それを聞いた熊は、そのまま動かなくなりました。
そして、砂が崩れるように、地面に落ち、散ってしまったのです。
本の中で熊を倒した赤い魔法が重要なキーワードです。本自体はロシア語で書かれた熊の生態についての本ですが、自動翻訳機でそれを見ると浮かび上がるプログラムが施されていました。
ハギリはその童話についてネットで検索をかけます。するとその検索にいくつか引っかかる動画があり、それが白いワンピースを着た黒髪・青い目の女の子の動画でした。
ハギリは識別研究のためウォーカロンの子供を手配して貰っているのですが、その動画を見た後なんと動画で見た女の子がやって来ます。ミチルと名乗る彼女自身は自分をウォーカロンだと言い、両親はおらずおじいちゃんとおばあちゃんと暮らしているとも言う。ミチルは最新型のウォーカロンの子供だと説明されますが、ハギリにはどうしてもウォーカロンではなく人間の子供にしか見えないようでした。
ミチルと出会った次の週、ハギリは施設をこっそり抜け出し食事をしに行きます。小さなお店に入り一人席に座っていたハギリの前に「こんばんは」と見覚えのない女性が声をかけて座ります。
整った顔立ちで、黒髪が長い。目はブルーだった。(この文で今迄のシリーズの多くの読者が「うわ!」と思った筈…!)
ハギリはこの時点では、彼女のことをウォーカロンだと判断しています。
ここからとんとんと彼女にのせられるようにして会話を始めるのですが、終始会話の主導権を持ちつつ明確な答えを与えるわけでもないのに、ハギリに「神ではないか」と疑わせ「僕の前に、ついに神が降臨したのか」と思わせる圧倒的な知性と博識さはまさにあの彼女でした。名前も知らず、ミチルの保護者だという以外に身元もわからない女性にお目にかかりたかったと言われて「震えるほど光栄です」と言ってしまうくらいにハギリは既に彼女に興味を持って行かれています。
結局ここで彼女の名前は明かされず、また「彼女はウォーカロンであるのかないのか」「ミチルはウォーカロンであるのかないのか」も明確に教えて貰うことが出来ませんでした。ただ識別のスペシャリストハギリは二人とも人間であると判断しています。彼女も、アナタがそう判断するならそうなのでしょう的な曖昧な返しはしています。
台湾の生物学者リョウ・イウンがハギリに会いたがっていると聞き、国際会議のために来日している彼に会いに行くことになります。リョウはアリチと共著をする仲で、受精に関わる寄生生命体の研究を秘密裏に行っていました。何のことかさっぱりという感じではありますが、つまりこれもまた人間がどうして子供を産めなくなったかの原因を追及するための重要な研究だということです。
リョウとの別れ際、次の日に学会の見学会としてあるウォーカロンの研究施設へ行くことを知らされます。ハギリもそれについて行くことになりました。(当然護衛であるウグイも)
研究施設からの帰りのバス。そこで何者かによる攻撃を受けます。乗り込んできた三・四人の男達とウグイの攻防戦が始まりますが、ウグイ(とリョウ)はここで撃たれて動かなくなってしまいます…。ハギリとのテンポの良い会話が印象的で、少し素っ気ないところはあるものの大変な思いをしているハギリにとっても、少しでも気を緩められる良い存在だと思っていたので割と衝撃的でした。
バスの中にいた学者たちが降ろされ、ハギリが名指しで前へ出されます。けれど殺されるのはハギリではなく、用のない他の学者たちでした。
学者たちは壁に向いて立たされます(撃たれようとしている)。そこでハギリは、指示を出しているウォーカロン(?)の男の着ている服の胸元に緑色の熊のマークを見つけました。
■ハギリと男のやりとり
「黒い魔法を知っているか?」僕はきいた。
「何?」 「赤い魔法を知っているか?」 続けてそう尋ねた。
何も起こらなかった。
僕は、数秒待った。
男たちは動かない。
ハギリは魔法の言葉によって動かなくなった男たちから銃を奪い取ります。本で見たあの童話の内容がここで活かされることになりました。
施設へ帰って来たハギリはウグイの上司であり局長のシモダと会います。そこでハギリはミチルのことについて尋ねますが当然のように教えてもらえません。ですがミチルの保護者に会ったと伝えると、「信じられない」と言います。まあそうでしょう。
シモダは彼女の正体についてウォーカロンの生みの親であり歴史的な人物であると答えます。つまりマガタ博士です。シモダはここでマガタ博士を本人ではなく、分身のようなウォーカロンだとは言っていますが、それは少し微妙なところです…。ウォーカロンに最先端で触れていたマガタ博士ですから、二世紀前の歴史的人物ではありますが(長寿のための)ピュア細胞に真っ先に辿りついていてもなんらおかしくはありません。
ざっと大まかに本の内容を書くとこんな感じです。たくさん書きましたが、全然書き足りません。勿論小説では人工細胞についてや、研究者たちの研究内容、ウォーカロンの暮らしや現代とはかけ離れた人間の生態なども詳しく書かれています。難しいことを全て抜き去ったまとめです。
エピローグでは、次巻でハギリが九ヵ国首脳会議で行われる非公開の人類問題の国際会議に参加するために、チベットへ行くことが示唆されています。既に「魔法の色を知っているか?」も読んでいるのですが、こちらも凄く面白かったです。
このネタバレを読んで興味を持った方は是非一読下さい。小説の内容は難しいところもあるかもしれませんが、ページ数はそれ程多くないのでさくっと読めます。
まとめ
一冊目ではまだまだ分からないことがたくさんありましたが、これからのシリーズ続編に繋がるだろう伏線や疑問点がたくさんありました。覚えきれません…。下記に個人的な気になった点をいくつかまとめておきます。
登場人物
- ハギリ:主人公。人間とウォーカロンの識別方法を研究。命(誘拐?)を狙われ現在はニュークリアで保護されつつ研究を続行。
- アカマ:ハギリの助手。ハギリを狙ったテロで研究室を爆破される。
- ウグイ:ハギリを保護しに来たニュークリアの職員。
- シモダ:ニュークリアの局長。ウグイの上司。
- アリチ:ハギリと同時期にテロに合う。途中まで共に逃げていたが、何らかの方法で毒を飲まされ現在は治療中。
- チカサカ:生物学者・日本動物園の園長。治療中のアリチからの助言で対面。熊の生態の本を渡される。
- ミチル:最新型の子供のウォーカロン。父母はおらず(理由不明)祖父母とお手伝いさんと暮らす。熊の生態の本の内容について調べた際、動画で見かけた少女。
- マガタ博士:ウォーカロンの生みの親。二世紀前の天才科学者。ミチルの保護者(祖母?)を名乗る。
- リョウ:アリチと共著をしていた生物学者。ハギリとウグイと共にバスのテロに巻き込まれる。
疑問点
- 赤い魔法とは何か?
赤い魔法というのは「すべてがFになる」で出て来たあれ?後熊である理由はテディベア…? - ハギリを狙っているというウォーカロンメーカから脱退した人達からなる組織は、どういった人間によって構成されたもの?
識別されては困る人間(ウォーカロン)? - ミチルという女の子は何?
マガタ博士は祖母だと言ったが、本当の関係は? - マガタ博士がハギリと会った理由は?
気持ちの部分の動機としては犀川先生の時の同じ感じなんでしょうか。
覚えておきたい点
- 子供が生まれなくなったのは、ピュアな細胞だからという理由だけではない。
- 首都が札幌。
- 翻訳機のプログラミングはマガタ博士によって仕込まれたもの。
- 子供は途上国でまだ一定数存在し、流通しているという。
- ハギリを狙うのは日本のウォーカロンメーカから逃げたウォーカロン。ではなく、その組織に加わっていた人間がある野望を持ち、一部が分裂して他の集団と交わったことによって出来た組織。トップは人間。拠点はインド。(マガタ博士談)
- バスでハギリを襲った男たちの服の胸元に緑色の熊のマーク。
- 犯人である四人のウォーカロンは、旧型で軍用のもの。緑色の熊のマークは九州に駐屯する小隊だった。四人は数年前から行方不明。
- 童話はマガタ博士からのメッセージで、チカサカがハギリに熊の生態の本を渡したのはマガタ博士の指示だった。
関連作品
【シリーズ】
- すべてがFになる
メフィスト賞受賞作。森先生のデビュー作です。今作で出て来るマガタ博士も重要人物として出て来ます。(S&Mシリーズ) - 女王の百年密室
Wシリーズよりはまだ過去の話ですが、私達からすればこれもまた未来の話です。ウォーカロンが出ます。また、ミチルという名前も。(百年シリーズ)
【次作以降】
- 魔法の色を知っているか? What Color is the Magic?
- 風は青海を渡るのか? The Wind Across Qinghai Lake?
- デボラ、眠っているのか?Deborah, Are You Sleeping?
- 私たちは生きているのか?Are We Under the Biofeedback?
- 青白く輝く月を見たか?Did the Moon Shed a Pale Light?
感想
考えもつかないけれど、ありえない未来ではないのかなという感じ。
人間が今後どのようにして寿命を伸ばそうとするのかはわかりませんが、あらゆる企業があらゆる用途を想定して様々なロボットを作っているのを見ると、人間に近しいロボット(ウォーカロンのようなもの)が作られるのもそう遠い話ではないのかなと思いました。
少子化が深刻な昨今、別の理由ではありますが長寿を目指した結果子供が生めなくなりウォーカロンだけが増え続ける世界というのも、まあ現実的に起こり得そうなこと。人間が減ったことでエネルギィや食料など争う火種が解消されたことで争いはなくなったようですが、それでもハギリが狙われてしまうようなテロが起こったのを見れば、敵が人間であれウォーカロンであれやはり何かと問題は山積みのようです。
個人的にはやっぱり、真賀田四季とミチルという存在が出て来たことが何より嬉しかったです。真賀田博士はこの時代ではもはや偉人のような存在でした。人工細胞によって生きている真賀田博士であれ、誰かしらの意図で作られたウォーカロンであれ、彼女という存在が作品に出て来たということは、やはりこの作品でも大いにその知性や思惑が影響していくのでしょう。
今後どのようにして真賀田博士がこの物語にただの偉人としてではなく、関係者として絡んで来るのか。そこがとても楽しみです。